大阪城を望み、歴史がある街。

河川、運河により発展してきた城東区が水辺環境整備や交通機関の一層の充実とともに、住みやすい街へと変貌を遂げています。

文字通り大阪城の東に位置する城東区。東西に寝屋川と第2寝屋川が流れ、南北に城北川、平野川が流れるなど河川が多く、現在、水辺の環境整備が進められています。また、明治時代から鉄道が開通している城東区は現在も地下鉄の他、JR、京阪電鉄の各鉄道が区内を走り交通機関が充実。近年では工場などの転出跡地などに分譲マンションや大規模小売店が相次いで建設され、生活・交通至便な住宅地へと変化しつつあります。

住宅地として人口が増加する城東区

文字通り大阪城の東に位置する城東区。東西に寝屋川と第2寝屋川が流れ、南北に城北川、平野川が流れるなど河川が多く、現在、水辺の環境整備が進められています。また、明治時代から鉄道が開通している城東区は現在も地下鉄の他、JR、京阪電鉄の各鉄道が区内を走り交通機関が充実。近年では工場などの転出跡地などに分譲マンションや大規模小売店が相次いで建設され、生活・交通至便な住宅地へと変化しつつあります。

※データは、住民基本台帳人口と外国人登録人口の合計です。

大阪城
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総面積を107.7ha、天守閣を中心に広がる広大な歴史公園。
商業の繁栄と治安の安泰を象徴する華麗で豪壮な大阪のシンボル。

1583年、豊臣秀吉はかつて石山本願寺が栄えた上町台地北端に築城。大阪が文化と経済の繁栄の中心であることを内外に示した天下城です。秀吉の城は大坂夏の陣で焼失しましたが、その後、徳川時代に一層大きな新城を築き、江戸に対する天下の経済流通の中核都市の象徴となりました。

商売繁盛の景気のよい神様として知られています。

大阪城公園は緑あふれる都会の巨大なオアシスです。大阪城天守閣を中心に、豊かな自然が満喫できる「市民の森」や、気持ちよい汗がかける「太陽の広場グラウンド」などもあり、周辺は歴史探索に、散策に、ジョギングに、スポーツにと広く市民に親しまれています。

東本稲荷神社(とうほんいなりじんじゃ) photo
白山神社(しらやまじんじゃ) photo
商売繁盛の景気のよい神様として知られています。

天正4年(1576年)以来、焼失や流失などで興亡を繰り返しましたが昭和3年に境内地を拡張して神殿を再建。現在では衣食住の神様、商売繁盛の神様として知られています。

市内でいちばん大きなイチョウの木があります。

天正4年(1576年)以来、焼失や流失などで興亡を繰り返しましたが昭和3年に境内地を拡張して神殿を再建。現在では衣食住の神様、商売繁盛の神様として知られています。

蓮乗寺 photo
花博記念公園 鶴見緑地 photo
大阪の礎をつくった蓮如上人ゆかりのお寺です。

応仁2年(1468年)蓮如上人が説法した時に座ったとされる腰掛け石や、その際に池の蛙も鳴くのをやめて聞き入ったとされる不鳴池(なかずのいけ)などがあり、蓮如上人にまつわるお寺です。

きれいな花を見て、心も体もリフレッシュ!

ヒマラヤの奥地にしか生育しない珍しい植物は必見。花の育て方などの質問にも答えてくれ、テニスコートや運動場などスポーツ施設もそろっています。

中浜公園(なかはまこうえん) photo
千間川緑陰歩道(せんげんがわりょくいんほどう) photo
城東区の「区の花」でもあるモクレンの名所公園です。

平成5年に城東区制50周年を記念してハクモクレンが植樹されるなど、モクレンの「花の名所公園」として有名。大きな藤棚もあり、緑に憩う人にやさしい公園です。

並木に、噴水に、遊具に、楽しみいっぱいの散歩道です。

かつて平野川と中高野街道とを結ぶ用水路があり、その長さが千間(約1800m)あったことから千間川と呼ばれていました。トウカエデや柳などの並木が続き、噴水や藤棚、遊具もあります。

中浜せせらぎの里 photo
ダイヤモンドシティリーファ photo
多くの人の目を楽しませる桜の名所です。

大阪市で3番目に通水された下水処理場。平成8年、せせらぎの憩いの広場がつくられ、その桜並木は区内の桜の名所として多くの人の目を楽しませています。

放出下水処理場上部利用施設が
「土地活用モデル大賞(特別賞)」を受賞しました!

大阪市は放出下水処理場の上部利用施設を整備し、近隣地域の施設整備状況や地域住民からの要望等について検討を重ねました。その結果、「市民農園」「せせらぎのある緑地」を採用し、市民の憩いの場を提供しています。

家族そろってのショッピングが楽しみです。

売場面積が甲子園球場の約2倍以上、駐車場も2,000台以上の巨大なショッピングセンターが2006年冬にオープン!現地から自転車で10分なので毎日でも行きたくなります。

大阪冬の陣ゆかりの地にふさわしい中浜のだんじり。

城東区から東成区のエリアにかけては行政区画がめまぐるしく改変されても、江戸時代から明治時代の地区名がだんじりの地区名として今でも残っています。中浜のだんじりは昭和26年製作。大坂冬の陣ゆかりの地にふさわしく夏、冬の大坂の戦が彫られています。また、小屋根直下に牛若丸と弁慶の五条橋上の出会いが彫られているのが珍しく、全体として勇壮で均整のとれた美しいだんじりです。

※写真は「中浜地車」ホームページより抜粋


城東区は早くから鉄道が開設され、河川や運河を中心に発展してきました。

城東区では早くから開通した鉄道が街としての発展を促し、河川や運河の整備が船による交通の便を高め、工業の発展をもたらしました。

現在では水辺環境整備、緑化の促進、コミュニティ施設の整備などによって職・住のバランスのとれた区としての発展に大きな期待が集まっています。

■城東区の生い立ち

明治時代の新淀川開削により大きく都市化に前進しました。

城東区はかつては上町台地の東側の入り組んだ海で、難波江、難波潟と呼ばれていました。それが、淀川と旧大和川が運び込む土砂によって次第に陸地化。江戸時代初期には現在の地名のもととなる村々がほぼ成立しました。明治時代に入って大運河だっだ新淀川が開削された結果、広い宅地用地が得られ、その後の都市化が進む大きな要因となりました。

■城東区の生い立ち

明治後期に鉄道開設が相次ぎ、早くから鉄道整備が進んでいました。

交通機関が発達している城東区では明治後期に相次いで鉄道が開設。現在のJR環状線の一部となる城東線は明治28年に天王寺〜大阪間が全通し、同じ年に浪速鉄道の片町〜四条畷間も開通しています。そして、明治43年、郊外電車として京阪電鉄が天満橋〜京都の五条間を開業し、区域内では蒲生、野江駅ができるなど、早くから鉄道の整備が進んでいました。


■河川・運河の整備

昔、運搬に役立った河川・運河が今では区民の憩いの場になっています。

城東区域は河川・運河が多く、農業・生活用水や船運に大きな役割を果たし、その開削や整備は船による交通の便を高め、城東区の工場地化を促しました。その後、高度成長期の河川の埋立てを経て、現在では河川はまちにやすらぎと潤いをもたらす新しい生活空間として整備が進み、ジョギングや散歩を楽しめる憩いの場として多くの区民に親しまれています。

■中浜の由来

「中浜」は元禄14年「摂陽群談」に「奈加未村」として登場しています。

<リバーガーデン森の城>が所在する「中浜」という名前は元禄14年(1701年)に書かれた「摂陽群談」に「奈加末村(なかまむら)」と言われていたことが記され、それが後に中浜と称するようになったとされています。また、中浜には夏・冬の大坂の戦や、牛若丸と弁慶の五条橋上の出会いが彫刻されている“だんじり”があることでも有名です。



  1. 街並みスケッチ
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